第3話 俺の幼なじみ
目が覚めると涙の跡が染み付いていた。どんな夢を見ればこうなるのかと考えた薫はたかが夢に振り回されているような気がして、切り離すように制服に着替える。トントンと包丁の音が響きながら味噌汁のいい匂いに釣られ、無意識に席へと着く。 「おはよう薫。ご飯出来てるわよ」 「うん、腹減った」 母がこの時間に家にいる事は凄く珍しい。何かあるのかと様子を伺いながら味噌汁に口を付け、ゆっくりと堪能している。 「薫、お願いがあるの」 「……何?」 母からお願いがあるなんて滅多にない事で、内心緊張しているが、気付かれないように無愛想に聞いている。そんな薫の姿を見てふふと微笑みながらある事を伝えた。 2時間後── 薫の横にはベッタリと腕を絡めながら、上目遣いで質問ばかりしている人物がいる。ワンコくんだ。初対面なのに何故だか振り払えない薫は好き放題させている。 「凄い勇者がきたな」 「ああ……あの狭間相手に。すげぇな」 クラスメイトはああでもない、こうでもないと2人の様子を物珍しそうに見ている。薫は居心地の悪さを感じながらも、何故だか懐かしく感じるワンコくんに違和感を感じている。 ジッと見つめている薫に気づいたワンコくんは恥ずかしがる事なく見つめ返してくる。一瞬全てがスローモーションのように動き出したかと思うと、柔らかいものが唇に落とされた。 「──!!」 離れようと体を捩るが凄い力で抱きしめられて離れられない。2人の方に釘付けになっている周囲の言葉なんて入って来ない。それほど2人の空間、世界になっている。 クチュクチュと歯をかき分け舌先が口内を舐め回す、息が出来ないぐらい濃厚で頭がくらくらしてしまった。 流されそうになる。目の前にいるのは何も知らない奴なのに、何故か伊月と重ねている薫がいる。 「んっ……可愛い」 「なに……して」 挨拶がてら唾を付けたようだった。周りに自分のものだと見せつける事が出来たワンコくんは満足そうに舌なめずりすると、怪しく微笑んだ。 「10年経っても僕らは幼なじみでしょ? 忘れちゃったの?」 「……え」 ワンコくんの言葉に無意識に反応してしまった薫は力が抜けていく。どこか似ているとは感じていたが、まさか成長した伊月だとは思わなかったみたいだった。 「い……つ」 名前を呼ぼうと口を塞がれ、続きが言えなくなった薫はモゴモゴと声にならない声で伝えようとする。 「今は夏樹だよ。だから静かにしてくれると嬉しいんだけど」 コクンと頷くとゆるふわな笑顔で薫の頭を撫でようとした。やる事なす事が可愛すぎる伊月を抱きしめたい衝動を抑えると、急いでその場を離れた。 教室から離れていく2人をみて黄色い声が響いていた。 第4話 推しカプ バタバタと階段を駆け上るとあっという間に屋上に着いた。普段なら誰かしらいるはずなのに、誰もいない。ここは力をあり余らしている奴らがたむろする場所でもあった。 「誰もいないなんて、珍しいな」 「邪魔されたくないからねっ」 まるで初めからここには誰もいない事を知っているような口ぶりに疑問を覚えたが、伊月の視線に気づくとどうでもよくなっていく。数日前伊月で抜いた自分に恥ずかしさを覚えながら、ポリポリと頭を搔く。 「その癖、昔と変わらないね」 「ああ、そうか?」 大好きな伊月が目の前にいるからなんて言える訳がない。離れてから伊月を想いながら今日まで耐えてきたのだから、|表情《かお》が緩むのも仕方ないのかもしれない。 「挨拶はここまでにして、本題に入ろうかな」 そう言うと伊月が伊月でなくなるような感覚を覚えた。今までふんわりしていた空間が澱んでいく。 「僕は伊月だけど今は夏樹と呼んでほしいんだ。弟の代わりに、|学園《ここ》に編入してきたから」 「弟いたか?」 「まあ事情があってね。自分だけで処理出来る話じゃないんだ。だからここでは夏樹として学園生活を続けていく必要があるんだよね」 「……複雑なんだな」 「まぁね」 それ以上聞く事が出来なかった薫は引っかかりを感じたが、こうやって自分の元に戻ってくれた事が嬉しくて堪らない。だから今は余計な事を考えずに嬉しさを噛み締める事にした。 「これからもよろしくね、薫」 「こちらこそ」 こうやって騒がしい日常へと変化していった。ただあのキスの意味を聞けないまま、幼なじみとしてでも傍にいられるのならと自分に言い聞かせた。 □■□■□■□■ 休み時間になる度に、薫の教室に通いつめる伊月。彼に興味を抱く生徒は多い、愛想がよくて可愛いと評判になっているらしく、ファンクラブまで出来たみたいだ。最初は薫との関係に嫉妬心を感じていた周囲は伊月の計らいで秘蔵写真を見せると、薫へのイメージが変わったようで今では2人を推している女子が多い。 「夏樹って可愛いよな。俺、抱けるわ」 「何言ってんだよ石垣。お前最近変じゃね?」 「……うるせぇな」 伊月の存在は3年生まで話がいっているようでその中心にいた石垣は人が変わったように、伊月の隠し撮り写真を撮りまくっているようで、伊月は頭を抱える振りをした。 「悩んだふりするな」 「僕モテるからつらいよねぇ。薫しか興味ないのに」 サラッとそういう発言が出てくるたび、どこまで人たらしなのかと薫の方が頭を抱えているが、本人は何も気にしてないのが、また余計守りたくなる。 今までの時間を取り戻すように、何年もの溝を埋めながらお互いの温もりを感じて、離れないように力を込めて抱きしめた。第5話 何も知らない彼の背中 あれ以来伊月とは会っていない。伊月に会いに隣の教室に行ったりしたけど、姿が見えなかった。連絡先も交換していない事に、今更気づくとまたいなくなるんじゃないかと不安が押し寄せてくる。「あれ薫くん、夏樹くんお休みだよ」 そんな薫に近づいてきた女子の集団がそう教えてくれた。理由は詳しくは知らないようだが家庭の事情との事だった。薫は伊月の事を何も知らない、知らなすぎる。自分の元に帰ってきた事が嬉しくて舞い上がっていた自分に対して嫌悪感を抱きながら、自分の教室へと戻った。「情けねぇ……」 凹んでいる自分を隠す余裕はなかった。今の自分に出来る事なんて何もないんじゃないかと自暴自棄になっている。「そんなに心配なら、家に行けば?」「……|天田《あまた》先輩」 美乃里の同級生でもあり、薫の親戚にあたる天田桐也が提案をしてきた。「なんでここにいるんですか」「ん〜暇だから観察しにきた」 変わり者呼ばわりされている桐也は自分が浮いている事に気づいていない。滅多に薫の教室に来る事なんてないのに、ベストなタイミングで現れた。 まるで全てを知っているように見透かしてくる桐也から逃れる事は出来ない。何故なら一時の過ちで関係を持ってしまった過去があるからだ。「可愛い彼氏が出来たって聞いたけど、俺諦めてないからな」「何言ってるんすか。冗談ばかり」 笑って誤魔化そうとしても通用しない。クラスメイトからしたら笑っている薫を見る事が初めてで、物珍しそうに2人の様子を見ている。 視線が痛い── こんな時、伊月ならどうするかと考えてみるが薫は伊月になり切れない。でもきっと気持ちは同じだと気持ちを奮い立たせた。 ガタンと立ち上がると引き寄せられるように荷物を手に取り、教室を後にした。そんな薫の様子を見て面白くない桐也は不貞腐れた様子で見つめている。「薫、待て」「……」 一生懸命に走る薫に声をかけるが届かない。どうして自分がここまでしないといけないのかとため息を吐くと、思いっきり息を吸い込み、腹に力をいれ大声を出した。「家知ってんのか、お前」 その言葉で我に返った薫は自分が何処に向かって走っているのか不思議に感じた。そしてふらふらと立ち止まると猛スピードで薫に追いついた桐也が頭を小突いた。「学園出てきたはいーけど。彼
第3話 俺の幼なじみ 目が覚めると涙の跡が染み付いていた。どんな夢を見ればこうなるのかと考えた薫はたかが夢に振り回されているような気がして、切り離すように制服に着替える。トントンと包丁の音が響きながら味噌汁のいい匂いに釣られ、無意識に席へと着く。「おはよう薫。ご飯出来てるわよ」「うん、腹減った」 母がこの時間に家にいる事は凄く珍しい。何かあるのかと様子を伺いながら味噌汁に口を付け、ゆっくりと堪能している。「薫、お願いがあるの」「……何?」 母からお願いがあるなんて滅多にない事で、内心緊張しているが、気付かれないように無愛想に聞いている。そんな薫の姿を見てふふと微笑みながらある事を伝えた。 2時間後── 薫の横にはベッタリと腕を絡めながら、上目遣いで質問ばかりしている人物がいる。ワンコくんだ。初対面なのに何故だか振り払えない薫は好き放題させている。「凄い勇者がきたな」「ああ……あの狭間相手に。すげぇな」 クラスメイトはああでもない、こうでもないと2人の様子を物珍しそうに見ている。薫は居心地の悪さを感じながらも、何故だか懐かしく感じるワンコくんに違和感を感じている。 ジッと見つめている薫に気づいたワンコくんは恥ずかしがる事なく見つめ返してくる。一瞬全てがスローモーションのように動き出したかと思うと、柔らかいものが唇に落とされた。「──!!」 離れようと体を捩るが凄い力で抱きしめられて離れられない。2人の方に釘付けになっている周囲の言葉なんて入って来ない。それほど2人の空間、世界になっている。 クチュクチュと歯をかき分け舌先が口内を舐め回す、息が出来ないぐらい濃厚で頭がくらくらしてしまった。 流されそうになる。目の前にいるのは何も知らない奴なのに、何故か伊月と重ねている薫がいる。「んっ……可愛い」「なに……して」 挨拶がてら唾を付けたようだった。周りに自分のものだと見せつける事が出来たワンコくんは満足そうに舌なめずりすると、怪しく微笑んだ。「10年経っても僕らは幼なじみでしょ? 忘れちゃったの?」「……え」 ワンコくんの言葉に無意識に反応してしまった薫は力が抜けていく。どこか似ているとは感じていたが、まさか成長した伊月だとは思わなかったみたいだった。「い……つ」 名前を呼ぼうと口を塞がれ、続きが言
第1話 問題児 「おい狭間、ちょい顔貸せ」「何か用か? 要件があるなら|教室《ここ》で言えよ」 何もしていないのに目をつけられる男、それが狭間薫。笑顔を見せれば元々はっきりした顔立ちでイケメンだ。入学当初は女子のハートをかっさらった彼だが、無愛想な態度と高圧的な口調でヤバい奴認定されている。当の本人はお構い無しだが、2年の姉美乃里からしたら、頭を抱える大問題だった。 殴りはしない、ただよけるだけ。それなのにラッキー体質の薫は彼を追い詰めようとしてくる人物全員に不幸が起こる。それを知っている美乃里からしたら、後で巻き込まれる可能性が高く、薫には平和な学園生活を送ってほしいと願うしかなかった。「……こんな時に伊月くんがいてくれたらよかったのになぁ」 ガクガク震えながら屋上で現実逃避をする美乃里は薫の幼なじみ柿崎伊月の事を思い出して、不安をかき消そうとする。美乃里の目の前にはガタイのいい柔道部主将の石垣をはじめ薫に恥をかかされた連中でごった返していた。「お前の弟まだ来ないのか。俺の弟達に喧嘩売った癖に逃げるなんてひ弱だな」 鼻で笑いながら美乃里を見下す石垣に対して一発お見舞いしてやりたい気持ちはあるが、そんな勇気はなかった。足がすぐんで動けない。そんな強いメンタルなど持ち合わせていない。 その時だった。ガチャとドアノブが回るとゆるふわなパーマで可愛らしいくりくりな瞳で無邪気に微笑んでくる男の子がいた。見た感じ高校生に見えないけど、この学園の生徒であるのは一目瞭然。「失礼しまぁす。神楽先生に言われて問題児を探しにきましたぁ」 今この状況がどんなふうに見えているのか彼には分からない様子。むさ苦しい中で一輪の笑顔がパッと咲き、周りを虜にしようとする。「なんだ1年。邪魔だ」「邪魔なのは君でしょ?女の子囲いこんで何してんの?」 美乃里は思った。ある意味勇者が来てくれたと助かる可能性は低いけど、願わずにはいられなかった。「僕は問題児を探してるだけで、君に興味ないんだよねぇ。そっちが邪魔だよ石頭」 可愛い顔をしているのに、ゆるふわな雰囲気を漂わせているのに口調が悪い。どことなく薫の事が脳裏に過ぎった美乃里は勇気を振り絞り、声をあげた。「薫に用があるなら、私じゃなくてその子に頼んで。薫の親友なのよ、この子」 わるじえが働いてしまった美